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続戦国大名尼子(あまご)

2007年6月14日

前回山中鹿之助を筆頭とする尼子十勇士!?を紹介したのですが、
その主君であった戦国大名尼子家を説明しないと

訳が分からないな~

と痛感したのでご説明といきましょう。


そもそも尼子家は北条家とともに15世紀末の応仁の乱後に
下克上から戦国大名となった下克上の名門。(笑)

当時北条早雲と並び残忍な尼子経久は
最初の下克上大名として恐れられていたのである。

要するに蝮の斉藤道三の下克上の大先輩なんです!

北条は関東の小田原周辺を、
尼子は出雲つまり現在の米子や松江辺りを本拠としていた。

あの有名な毛利元就も小領主の時は尼子の支配下にあったが、
豪傑英雄であった経久が亡くなると
山口県から島根、広島を支配下にする大内家の配下にのりかえたのです。

そのせいで毛利元就の居城吉田城は尼子に攻められることになるが、
武士百姓などみんなの力で耐え凌ぐ。

実はこの頃の尼子は経久が亡くなりそれを継ぐ者が無能で、
また強大過ぎた為に一族が天狗になっていてバラバラだったので、
他国へ進出することが出来なくなっていたのでした。

ある意味元就の有名な「三本の矢の教え」の理屈は、
尼子家の脅威から逃れる為に考えられたといえよう。
(三本の教えは後世の作り話らしいが…)

兎にも角にも厳島の合戦で勝利を収めた毛利元就は、
吉田城を攻められてから30年後に、
当面の脅威であった尼子を滅ぼすのであるが、

その時の尼子家の残党の話が
有名な角川映画の「八つ墓村」のストーリーになっています。

また尼子家再興を願うべく七難八苦の活躍で
毛利に対抗したのが前回ご紹介した山中鹿之助でした。

山中鹿之助は赤痢にかかったと嘘をつき、
夜中にかわや(トイレ)に何度も行きながら、
隙を見て牢獄を抜け出したとか。

兎に角尼子最高!ではなく尼子再興!を実行した人なんですが、
上月城の攻防では信長や秀吉にも見捨てられたりツイテナイ最期でした。

戦国大名尼子家のお話でした。

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