RICHARD JAMES(リチャード ジェイムス)との出会い
2006年04月11日
初めてRICHARD JAMES(リチャード ジェイムス)を知ったのは、
94年頃のあるファッション雑誌の特集で、
当時パリコレで注目された
OZWALD BOARENG(オズワルド ボーディング)を筆頭に
MARK POWELL(マーク パウエル)、
TIMOTHY EVEREST(ティモシーエベレスト)などの
ニュービスポークムーブメントの記事の中に
RICHARD JAMES(リチャード ジェイムス)が書かれていて、
凄く気になったことを覚えていました。
仕立て屋の息子として育ってきた僕にとってはとても衝撃的なことでした。
それは同じように新しいテイラー業を考えている人が、
ロンドンには沢山いて彼らは注目され、頑張っていることでした。
すぐにロンドンに行こうと思って、
当時勤めていたシャツメーカーに辞表を出したのが、
95年1月の大震災の後でした。
結局、会社を辞めたのは8月でしたが、
5月の連休中に休暇を取りイギリスに行くことにしました。
そして、4月頃偶然にもある商社を通して、
RICHARD JAMES(リチャード ジェイムス)のパターンオーダーの
日本での展開を相談されたのです。
僕も商社側もグッドタイミングな話でした。
それでとりあえずRICHARD JAMES(リチャード ジェイムス)に
会うことになったのです。
ヒースロー空港に着いた僕は、背広つまりテイラーの起源である
サビルロウstreetにすぐに向かいました。
サビルロウは有名なリージェントstreetから
少し西に入り、ポンドstreetに行くまでの
一方通行の200メートル足らずの道である。
あのビートルズが解散時にアップルスタジオ屋上で
ライブをしたのも実はこの通りで、
ハサミを持ったままのテイラーがstreetに出てきて、
アップルの屋上をびっくりしながら見上げていたという話は
今も語り継がれている。
そして、サビルロウのリチャードジェームスの店に訪れた。
最初、RICHARD JAMES(リチャード ジェイムス)に会った時、
とても優しそうに見えるが多分厳しい人だと僕は察知した。
店で色んなことを教えてもらったが、殆どの記憶を鮮明に覚えている。
で、最初1週間のはずが1ヶ月近くのロンドン滞在になってしまうことに…
続く

