津田宗及とその末裔その2
2006年06月23日
最近、特に津田宗及について書かれた本を移動中に読んだり、
寝る前に調べたりするのが、ちょっとした習慣になっているんですが、
その中で、資料を読むだけでは信用出来ないような幾つもの謎や、
真実や実体について分からなくなることが沢山あるのです。
ところで末裔の話に戻りますが、
吉川晃司は小早川氏と並び毛利の両川と呼ばれた吉川氏の末裔だそうです。
また、テレビ番組の「トリビアの泉」でも紹介された為、有名ですが、
一休さんの漫画アニメで知られる蜷川新右衛門?(シンエモン)さんの末裔は、
K-1の武蔵選手なのですよ!
で津田大輔君は、津田宗及の直系子孫でしかも長男で1人っ子!でまだ未婚!
勿体ない勿体ない!(笑)
彼が宗及の血を引くというのも、誠に不思議なんですが!(^O^)
そう!本能寺の変の前後の宗及の動きが、かなりの不思議ちゃん!?なんです。
それは歴史的な新説にもつながることなので、
これからももっとじっくりと調べて行きたい事項なんですが、凄く簡単に申し上げますと、
「宗及は本能寺の変が起こることは事前に知っていたんじゃないか?!」
という事実が、常につきまとうのだ。
「津田宗及茶湯日記」なる国宝級な資料にも本能寺の変の少し前に、
かなり不思議な秀吉と宗及の茨木城での密会が記載されている。
私の出身の地元である茨木の当時の城主は勇将の誉の高い中川清秀。
恐らく3者の何らかの密約があったと仮に推測する。
それは一体何なのか?
まずここが一つの鍵と僕は見ている。
「わびさび」の悟りを切り開いた茶人家津田宗及にとって、
時代を生きぬく強者達の「わびさび」にも関心があったのではなかろうか?
ただはっきりわかっているのは、
ガーブの津田大輔君に今現在「わびさび」というものを感じることはない。(笑)
ちょっと言い過ぎ!?

