最高に気になる見たくない試合!でもやはり見たいような、見たくないような…その1
2006年12月29日
もうすぐ大晦日。
そう大晦日は京セラドームではdynamiteヒーローズがあり、
なかでも桜庭和志対秋山成勲は、
僕にとっては最高に気になる見たくない試合!
でもやはり見たい試合だ!でも見たくないような…
10数年前にUWFの桜庭を見て凄い逸材が出てきたなぁと感動し、
ずっとファンになり応援してきました。
それは彼と僕は同い年で同じ月の生まれ(1969年7月生)なのもあり、
ずっと自分自身の人生と勝手にリンクさせながら、
一方的に自己投影して、彼の試合を見てきたのでした。
UWFの新人時代からスパーリングで誰にも負けなかった桜庭は、
実はその頃すでに当時のエースであった
高田や田村よりも強かったのは、事実だった。
彼は田村のように生意気でもなく、
高田のように目立つ訳でもなく、
団体にとっての自分の立ち位置を常に考えていた優等生であった。
そんな彼に火をつけたのは、
ブライド1の対ヒクソンの高田の負けにはじまる
宿敵グレイシー柔術であった。
グレイシーに勝てなければ高田道場の存続は無かっただろうし、
プライドの人気もこんなになっていないだろう。
高田がヒクソンに負けた時、恐らくヒクソンに勝てるのは、
日本人では船木か桜庭程度しかいなかったという事実は
関係者の中でも暗黙の領域だった。
桜庭は自分の立場を常に考えながら次々に、
しぶといグレイシー門下の選手達と戦うことを選ぶ。
そして彼は高田や団体に気を使いながら、
グレイシーをことごとく撃破し、
ある試合で「もっと強い人出て来て下さい」発言まで飛び出した。
勿論ヒクソンも桜庭のネチっこい戦い方には、
逃げ腰であったことに違いないでしょう。
有名なホイスグレイシーとのブライドグランプリでの一戦も
桜庭ペースの完璧な勝利。
それは30過ぎの桜庭の強さは、
まさに彼の絶頂期だったことを象徴する試合であった。
それからの桜庭は怨敵ヴァンダレイシウバには一度も勝てなくなり、
精彩を欠く試合が増え、格下相手の選手にも負けるようになった。
何度も限界説が流れた中で、
びっくりすることに怨敵シウバのブラジリアントップチームに
桜庭は二度も出稽古に出かける。
まさに虎穴に苛ずんば虎児を得ず
彼は自己のプライドよりも自分が強くなることを選んだ。
実は古傷で37歳の桜庭和志の体はすでにボロボロなのだ
その姿は彼の親友である阪神の下柳に似ている。
そして自分の死に場所を探すかのようにプライドを捨て
前田日明のいるヒーローズに電撃移籍した。
そもそも新日時代から前田と高田は強い絆の師弟関係であったが、
約15、6年前に喧嘩別れで袂を別れた。
その時に前田を捨て高田について行ったのが桜庭であった。
実は桜庭のヒーローズ移籍はUWFファンならかなりの大事件なのだ。

