明智左馬助の恋その2 小西編
2009年05月11日
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私小西がこの本の論評を書きたいと思います。
うちの森本が感想文を書いたこの「明智左馬助の恋」
えっと~僕は発売日すぐに購入しすぐ一気に読みました。
確か2年半位前だったかと…
著書加藤廣氏が考案したこの信長三部作、
「信長の棺」、「秀吉の枷」、この「明智左馬助の恋」、というのは、
作者が本能寺の変の新たな説を唱えるという点を、
巧みに擦り合わせたことから考えられた
作品であることにまず違いない。
そういう限定されたストーリーの中で、
非常に繋がりがうまく書けている作品だと感心しました。
ただたったひとつ個人的な思いとして残念だったのは
「秀吉の枷」の文中にて歴史考証における大きな間違いがあったことを、
出版社に書面で指摘したのに、
全くその連絡や説明が無かったことは
1読者として少し残念でした。
時代考証に誠実な作者にとって、
まず気にならない訳がないのだが…
さてこの明智左馬助なる人物像は、
歴史マニアな私にとっても非常に興味深い逸材で御座いまして、
彼の立場を説明しますと明智家の養子!
所謂マスオさんです。
元々は三宅という姓でした。
ですから明智光秀の後継者と
言われていたことはまず間違いない。
左馬助という人物は、
様々な文献から語られてる人間像をみると、
やはりかなり誠実な方であったようだ。
山崎の合戦後に光秀が死んで、
翌日最後に左馬助がたて籠った近江坂本城にて、
自刃する前に城に蓄えてあった全ての財宝や
貴重品を秀吉方の武将、堀秀政に託したという
エピソードは誠しやかに有名な話。
そういう彼のイメージを中心にして
綴られたのが左馬助の恋であり、
この三部作の真相である信長の死体の有無についてである。
その2の2に続く

