HACCP対応工場建設のすべて:建築のプロが解説する「危害要因分析」に基づく設計・施工戦略

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序章:義務化時代に、建築が食品安全の“土台”になる

食品の衛生管理は**HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Points)**が標準です。日本では改正食品衛生法により、2020年6月施行・2021年6月から原則すべての食品等事業者でHACCPに沿った衛生管理が必須になりました。建築・設備はこの運用を“再現性高く回す器”であり、ゾーニング・動線・施設基準を外すと、運用は破綻します。本稿では建築視点で「設計に落とすポイント」を体系化します。厚生労働省+1


1. HACCPの要点と設計者・施工者の役割

  • 定義:製造全工程で危害要因(生物・化学・物理)を分析し、**重要管理点(CCP)**を定め、管理基準(CL)をモニタリングし、記録・是正を行う手法。
  • 制度位置づけ「HACCPに沿った衛生管理」の実施が原則全事業者に求められます(小規模には弾力運用あり)。直近の調査でも実施施設は概ね7割超まで普及。厚生労働省+1

7原則12手順 × 建築の介入点(要約)

  • 原則1:危害要因分析…立地・外周計画、内部ゾーニング・差圧計画で交差汚染を断つ。
  • 原則2:CCPの決定…加熱・冷却・金属探知など大型設備の電源容量・搬入計画・メンテナンス空間を前提設計。
  • 原則3:管理基準(CL)…温湿度・清浄度・排気量を達成する空調/排気/局所捕集の仕様化。
  • 原則4:モニタリング…見回り動線・点検扉・計測器の据付位置とアクセスを図面で確定。
  • 原則5:是正措置稼働中改修のダスト/騒音/臭気対策と工程止め最小化計画を施工計画書に。
  • 原則7:記録施工記録・埋設物写真・試運転記録を納品物として仕様化(監査対応)。
原則内容建築・設計上の重要介入点
原則1 (手順6) 危害要因分析の実施危害要因を分析する(周辺環境の害虫・塵埃、工場内の微生物・硬質異物など)。危害要因を限りなく排除するためには、立地と内部の動線設計が重要。
原則2 (手順7) 重要管理点の決定 (CCP)加熱殺菌や冷却、金属探知といった食品安全にとって重要な工程を特定。大きな設備や多大な電力を要するため、工場の設計時点から入念な設備設置シミュレーションが必要。
原則3 (手順8) 管理基準の設定 (CL)加熱時間や温度管理、室温管理などを設定。HACCP対応工場建設とは、この基準を達成するための設計・施工を行うこと。空調や排気の設計、熱流体解析による空調設計が求められる。
原則4 (手順9) モニタリング方法の設定管理基準が確実に達成されているかを確認する方法を定める。異物や害虫、汚染物質の侵入がないよう、工場建設時から効率的・効果的な造りになっているとHACCP順守が徹底されやすい。
原則5 (手順10) 改善措置の設定管理基準を逸脱した部分に対する改善措置を決定。稼働中の工場では改修工事が衛生管理に影響を与えるため、生産状況も考慮した改修工事の施工方法を相談できる業者の選定が重要。
原則7 (手順12) 記録と保存方法の設定実施している衛生管理や変化点に関して、管理状況を記録・保存する方法を決定。HACCPに関しての知識があり、施工内容に関して確実な記録を提出してくれる業者を選定することが重要。

2. ゾーニング:汚染リスクで区画を決め、構造で破れを塞ぐ

汚染区/非汚染区/準清潔区/清潔区の4区。工程フロー(ブロック図)→設備・人員・搬送を重ね、壁・扉・前室・パスボックスで区画を固定。清潔区は最厳管理(非開放天井・結露対策・陽圧)。厚生労働省

区域名称定義リスクレベルと管理目的
汚染作業区域原材料や包装資材等の受入れ、保管および原材料の前処理作業を行う場所。外部からの汚染を作業場内に持ち込まないように管理する区域。
準清潔作業区域調理、加工場、製品の保管場等。通い箱(番重)の洗浄・殺菌場もこの区分。
清潔作業区域調理済み包装前製品の保管場や加熱調理しない調理加工場。殺菌済み通い箱の保管場も該当。万一汚染されたとき、重大な影響を及ぼすことになるため、最も厳重な管理が必要

3. 動線計画:物・人・空気・廃棄物・排水・ユーティリティの6要素

No.動線の種類定義と建築設計上の重要管理点
1の動線原材料の受け入れから最終製品となって出荷されるまでのルート。
2の動線従事者の出入りと作業場間の移動、外部業者との連携など。
3空気の動線汚染作業区域から非汚染作業区域へ空気が流れ込まないような空調。
4廃棄物の動線作業場で発生する残渣や不要物を屋外に運び出すルート。
5排水の動線作業室の洗浄水や生産機器から出る排水ルート。
6ユーティリティーの動線生産に必要な電力、水、蒸気、圧縮空気、ガスなどの供給ルート。

3-1 物の流れ

  • 汚染区→非汚染区への台車横断は禁止二重扉+前室、**移載(パスボックス/パスルーム)**を基本に。

3-2 人の流れ

  • 外部者の直接立入禁止。更衣→前室→手洗・消毒→毛髪除去→作業靴の一方通行フローを動線化。

3-3 空気(差圧)

  • 入口は前室+二重扉、対象区画を陽圧で保持。区域間は汚染側→清潔側へ空気が流れない設計。局所排気で排気量を最小化厚生労働省

3-4 廃棄物・排水・ユーティリティ

  • 廃棄物:密閉保管→専用ルートで外部へ直搬
  • 排水:区画に合わせ系統分け。入隅はR(丸み)、床は適正勾配で滞留防止。
  • ユーティリティ:電力・蒸気・圧空・給排水は交差最小点検可能を原則。

4. 設計チェックリスト(食品衛生法の施設基準に対応)

  • 外部塵埃・害虫侵入防止(防虫網/エアカーテン/密閉点検口/コーキング)。
  • 工程順配置と空気の流れ管理(機械給気・機械排気の選定)。
  • 住居部と取扱区画の明確な区画
  • 天井の結露対策(勾配・水受け・除湿)。
  • 内装材は洗浄・消毒可能/不浸透性、床・壁は排水性重視。
  • 非接触手洗い・十分な照度・逆流しない排水系。
  • 冷凍冷蔵は数量と機能の妥当性温度計等の計量器を付帯。厚生労働省

5. 施工で外さないディテール

5-1 排水

  • ドライ/ウェットの明確化逆流防止配管R入隅1/○○程度の床勾配で滞留ゼロ設計。
  • グレーチング/ピットは清掃・捕集性を優先。

5-2 気流・差圧

  • 第1種換気の採用、差圧ダンパ等で逆流防止。出入口はエアカーテン+二重扉

5-3 人の衛生設備

  • 更衣室→前室→清潔導線を確保。自動水栓・非接触トイレで再汚染を抑制。

まとめ:HACCPを“運用できる設計”にする

HACCPの要は交差汚染を構造で断つこと。ゾーニング、6種の動線、施設基準の満たし込み、稼働中改修の工事管理、そして監査に耐える記録までが建築側の守備範囲です。HACCPの知識と施工記録を備えた業者を選ぶことが、監査対応とトラブル時の原因追跡に直結し、競争優位を生みます。厚生労働省


参考(根拠リンク)

  • 厚生労働省「HACCP(ハサップ)」制度の概要(2021/6/1より原則全事業者厚生労働省
  • 改正食品衛生法の施行日と経過措置(2020/6施行→2021/6完全適用office-matsuba.com
  • 令和5年度「食品衛生法改正事項実態把握等事業 報告書」(普及状況や課題の最新集計) 厚生労働省
  • 施設レイアウト・ゾーニング・動線作成の手引(図例と運用厚生労働省

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